遺伝性平滑筋腫症・腎細胞癌症候群
Hereditary Leiomyomatosis and Renal Cell Cancer syndrome
(HLRCC)
別名:FH腫瘍易罹患性症候群
遺伝性平滑筋腫症・腎細胞癌症候群とは、生まれつきFHという遺伝子に疾患発症に関連する配列変化(病的バリアント)があることにより、
- 皮膚平滑筋腫
- 子宮(平滑)筋腫
- 腎細胞癌(フマル酸ヒドラターゼ欠損性腎細胞癌)
を発症しうる遺伝性疾患です。
現在までに全世界で300家系以上、本邦でも25家系以上が確認されていますが、疾患の認知度が未だ低いため潜在的にはまだ相当数の家系が存在すると考えられます。一般人口の0.0308~0.0390%の人がFH遺伝子の病的バリアントを有するという推計もあります[1]。
当チームは遺伝性平滑筋腫症・腎細胞癌症候群の患者さんと、本疾患の診療ケアに従事されている医療従事者の支援を目的として、疾患情報提供、診断、治療、遺伝相談、基礎研究、臨床研究といった活動を行っています。
このHPは本疾患に関する情報提供・啓発、ならびに患者さんや医療従事者の方々のための相談窓口となることを目的として開設しました。本疾患と対峙する皆様のお役に立てば幸いです。
HLRCCネット代表 / 横浜市立大学大学院医学研究科 泌尿器科学 准教授 蓮見 壽史
参考文献
1. Popp B et al. Mod Pathol. 2020 Nov;33(11):2341-2353.
遺伝形式:常染色体顕性遺伝
FH遺伝子とはフマル酸ヒドラターゼという酵素の設計図です。フマル酸ヒドラターゼは細胞内の代謝やDNA修復など様々な調節機構を担っており、これが設計図の配列変化により機能不全になると細胞の腫瘍化が起こります。
わたしたちの細胞には、46本の「染色体(DNAが折りたたまれた構造体)」が存在します。父親と母親からそれぞれ23本ずつ受け継いだ染色体が対をなしています。FH遺伝子は、1番染色体に位置しており、やはり1対存在します。どちらか片方のFH遺伝子に病的バリアントがあると、本疾患になります。したがって、ある患者さんから、そのお子さんに本疾患が遺伝する確率は1人ずつ独立に1/2となります。
病的バリアントが親御様から受け継いだものではなく、その人で新規に発生したものである、すなわち新生変異による場合はご両親のとも遺伝子に病的バリアントはみられませんが、お子様への影響は同じです。
HLRCCの患者さんは1対となっている1番染色体の片方に病的バリアントを持っています。もう片方の1番染色体上のFH遺伝子は通常の配列となっており、正常な機能をもったフマル酸ヒドラターゼが生成されるので細胞は正常に機能できます。しかしこのもう片方の1番染色体上のFH遺伝子にもバリアントが生じると腫瘍が発生します。
皮膚平滑筋腫
少なくとも75%の患者さんで、皮膚に平滑筋腫という紅色あるいは褐色の良性腫瘍がみられます。平均して24-30歳(報告によりばらつきがあります)で発症し、年齢とともに個数もサイズも増していきます。
良性腫瘍ですので致死的になることはありませんが、冷感や接触刺激に対する過敏性を有していることがあります。病変が少数であったりサイズが小さかったりする場合は外科的切除が標準的な治療となります。液体窒素による凍結療法や炭酸ガス(CO2)レーザー治療も選択肢となりえます。しかし高率で再発することは知っておかなければなりません。
子宮(平滑)筋腫
本疾患の罹患女性は一般集団に比較して子宮筋腫ができやすく、また若くして発症する傾向にあります。そして子宮筋腫を多発性に生じることもしばしばあり、月経不順や月経困難症といった症状を呈することも多いです。
一般的な子宮筋腫は3人に1人の女性にみられる疾患です。症状によって、薬物による対症療法(貧血に対する鉄剤投与、月経痛に対する鎮痛薬、月経困難症に対する低用量ピルなど)や偽閉経療法(女性ホルモンの分泌を抑える薬を用いて月経を一時的に止める)、手術(子宮全摘術、子宮筋腫核出術)といった治療を行うことがありますが、必ずしも治療を行わなければならないわけではありません。
それに対し、HLRCCの患者さんに生じる子宮筋腫は多発したり有症状であったりすることから、治療が必要になることが一般的な子宮筋腫よりも多く、手術が必要になることも多いです。
腎細胞癌
(フマル酸ヒドラターゼ欠損性腎細胞癌)
HLRCCの患者さんの3-18%で単発あるいは両側多発性の腎腫瘍がみられます。HLRCCでは「フマル酸ヒドラターゼ欠損性腎細胞癌」という腎細胞癌が生じます。20種類以上に分類される腎腫瘍のなかで、このフマル酸ヒドラターゼ欠損性腎細胞癌は特に予後が悪いことが知られています。
発症年齢の中央値は40-44歳と報告されていますが、10代で発症する例もあれば90代で発症する例もあります。症状としては血尿、腰背部痛が出現しますが、進行癌になるまで症状が出ないことが多いです。
HLRCCの診断がつくきっかけとしてはこのフマル酸ヒドラターゼ欠損性腎細胞癌の発症が最も多いです。ただ、この腎細胞癌は組織学的特徴、すなわち標本を顕微鏡で観察したときの形態に多様性があるため、「分類不能型腎細胞癌」と診断されることも多々あります。比較的若年の方に発症した非常に発育の勢いのある非典型的腎腫瘍で、血縁者にも腎腫瘍を発症した人がいる場合はHLRCCの可能性を考慮すべきでしょう。
腫瘍が局所に限局している場合、たとえ小径であっても開腹腎摘除術を行います。手術の際に少しでも体内に癌細胞が散らばると、それが局所再発のもとになるため腎部分切除術は推奨されません。必ず特別な対策をしたうえで開腹手術を行う必要があります。
転移病変がある場合や、転移がなくても診断時点で手術が不能な場合(例:腫瘍が腎静脈→下大静脈へと進展しているなど)は、薬物療法を行うことになります。進行性腎細胞癌の治療には免疫チェックポイント阻害薬、チロシンキナーゼ阻害薬といった薬剤が使用され、多剤併用療法が主流になっています。各患者様の病状、併存疾患、全身状態などを考慮して治療選択を行います。
診断
現時点で確立された診断基準はありませんが、
・多発する皮膚平滑筋腫
・サイズの大きい and/or 多発する子宮筋腫
・フマル酸ヒドラターゼ欠損性腎細胞癌
のいずれか一つでも発症し、血縁者にも同様の症候がみられた場合にはHLRCCを疑います。確定診断は遺伝子検査によってなされます。